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プロフィール
1960年、京都の繁華街にある映画館や劇場など約25館余りの看板を専門に製作していた「タケマツ画房」に勤めた事が、現在まで文字に関わる事になる。

映画の興行形態が変わり、看板の需要もなくなった2007年に廃業した「タケマツ画房」を少し紹介しましょう。

この画房は文字と絵、それぞれに師匠がいて完全に分業、絵描きになりたいと弟子入りする者は沢山いたが、文字書きを希望する者は少なかった。伯父さんが文字書きの師匠であった事から文字を書く事に興味を持ち、1963年(写真→〉のころにはすでに劇場の看板を描いていた。

当時、各館は一週間で映画が入れ変わり週末は看板の取り付け、回収と大忙し、日々の作業も深夜まで及ぶ事が多々った。あまり出勤時間に遅れてもうるさくなかった。要は与えられた仕事を片付ければよいだけ、もちろん休日などは決まっておらず、手の空いたものから適当に休むという大変おおらかな画房だったがこなす仕事量も多く、5年も真面目に修業すれば独立して看板屋を起業出来るだけの技術は習得できた。二十歳過ぎれば独立していく者も多く、技術を習得したいと言ってくれば誰でも雇ってくれたが、10人のうち一人残れば良い方で厳しい仕事に付いていけず、挫折し退職していった者も多くいた。

1967年に画房を離れ、1970年現「井上デザイン」として独立。



タケマツ画房が製作した看板のほんの一部を紹介しよう。

←松竹配給・鶴田浩二主演の「雲ながるる果てに」
特攻隊員を題材にした映画、劇場の横幅いっぱいの大きな看板の上に、撮影で使用したゼロ戦の片翼を切り落とし壁面に取りつけモーターでプロペラを回した、道行く人の度肝を抜くような看板。(京都松竹座・現京都ムービックス)









アメリカ映画・オードリー・ヘプバーン主演「ローマの休日」
ヘプバーンの顔が2メートル以上、建物の階の窓と比較してもその大きさが・・・・(京都宝塚劇場:河原町六角)

特に大通りに面した劇場には、大作のロードショウに合わせて大きな看板が製作された。


 

小さいものは印刷物の版下用に手書きのデザイン文字から大きいものは屋外看板の文字まで、色々な仕事にかかわる。

変わったところではガラス戸に金箔の文字や鏡あるいは透明のアクリルに文字を書くなど、今ではコンピュータを使えば簡単に加工できるが、全て裏側から鏡像文字を書く事になり、当時は大変な作業だった、などなど

2000年を過ぎたころから文字を書く機会が少なり、デジタルでの作業へと変遷して行く中、長く文字に関わってきた者として昭和を感じさせるフォントがで残せればと思いスタート、2001年ウエブ上にidfontをオープンする。



勘亭流の書家でもあった師匠の竹田耕清は1922年から京都の師走を彩る歌舞伎の祭典「京都南座・吉例顔見世興行」で劇場の正面を飾る「まねき看板」も書いていた。

この「まねき看板」は竹田耕清が従来の勘亭流を基に、顔見世興行のみに使用する文字として大入りを願う縁起の良い字形に仕上げたものです。
初代の竹田耕清亡きあとは、二代目・佐治永清、三代目・川勝清歩、そして2014年から四代目・井上玉清として100年続く伝統の作業を引き継ぐ。
 

 初代・竹田耕清→





←四代目・井上玉清



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